カンボジア雑記 第20回

小形将樹

どうも初めまして。20年度3次隊 村落開発普及員の小形将樹です。 協力隊員というよりも、月1回Kurata peperの販売会で米を売っている、 おしゃべりな眼鏡です。Kurata pepperでお会いしたことのある方は、 僕のことを『お米作っている人』という認識の方が強いと思いますが、 実は違います!帰国を間近に控えて(2011年1月4日に帰国です) その誤解を解くべく、そして知らない方にも知っていただくために、 貴重な紙面を使わせて頂きます。

何処で何をしてるのか?

タケオ州農業局農業普及室に配属されていて、主な仕事は 『農民組織及び農業共同組合の組織強化』というプロジェクトのお手伝い。 農民組織から農協登録への移行・登録農協のフォローや、物流の改善など。 その枠組みの中で、支援農協が栽培しているお米をKurata pepperで売らせて 貰っています。お米を作っているわけではないんですね。では何を作っている のかと言えば、『キノコ菌糸』です。

ここでも誤解を生むんですが、キノコ本体を栽培しているのではなく、 キノコ菌糸を培養して、その種菌を農協へ配って、キノコ本体は農協で 作ってもらい、それを販売して現金収入・農協経営の基盤として もらっています。『1年中栽培できる作物を』って事で始められたキノコ菌糸 ・キノコ実子栽培。隊員も僕で3代目。何とかカンボジア人スタッフだけでも 菌糸培養出来るようになってきたので、一安心です。

タケオ州ってどんなトコ?

生活の拠点であるタケオ州って言うのはどんな所なのか? ズバっとハッキリ言いましょう。カンボジアの青森です!!! (青森県の出身者の方ゴメンナサイ。でも僕も青森出身なんで、 その僕が言うのだから間違いなし!)ちなみにプレイベン州の 隊員とよく『田舎はどっちだ?対決』を繰り広げていますが、 そういう対決を繰り広げる所も、田舎の特徴です。ちなみに プレイベン州はカンボジアの秋田です(秋田県の皆さん、ゴメンナサイ)。 タケオはクメール料理のお店しかなく、唯一食べられる洋食的なものは、 冷凍・解凍を繰り返し上に載ったカニカマとパイナップルの汁が染み込んだ、 その名も『生臭ピザ』。コンビには4軒もあるが、見た瞬間思わず 脱力してしまうその名も『I Love You Mart』。でも悪いところばかり じゃないんです。タケオ州にだっていい所は沢山ある!はず・・・。

カンボジアで思ったこと

カンボジアに来て思ったこと。これを読んでいる皆さんにも 頷いて聞いてもらえる話かもしれません。この国の文化を 一言で表すなら、『垣根無し文化』今風に言うなら 『ボーダレス文化』ではないかと常日頃感じています。

都市部では違いますが、田舎の農村部では隣の家との境目は 見当たらない。知り合いの家で生まれた子どもを一生懸命 あやしている全くの赤の他人。出先で雨が降ってきて、 雨宿り先の家での昼食。隣で呑んでいたおっさんが、 乾杯がてら『俺の土地を買わないか?』なんて事もしばしば。

長距離バスに乗れば、大音量で携帯電話から流行の曲に 聞き入っている人。この国にイヤホンと言う概念ないのかしら? と感じつつも、ソリヤで大量に売られている各種イヤホン。 あれは多分外人用に、耳栓代わりとして売られているに違いない。 心の垣根も『ボーダレス』になっています。

カンボジアで信用できるもの
①スピーカー。思っている以上の大音量が出る。 結婚式ではその性能以上の音量が発揮される事もしばしば。 このカンボジアにおいて最も期待を裏切らない。
②パジャマへの信頼度。パジャマで買い物。パジャマで 長距離バス移動。パジャマでソリヤへお買い物。 パジャマは一張羅ではございません。そこまで万能なものでもありません。

最後に

つつがなく無事に終了しそうな2年間の隊員生活です。 『また、戻ってくるんでしょ?』とよく言われます。 今更最後のページで言う事でもないですが、小形将樹 31歳既婚。 2児のパパ。6歳と3歳の男の子と遊びまくる良きパパです。 ちなみに奥さんはカンボジア人。実家の青森で初めて見た雪に、 雪印コーヒー牛乳をぶっ掛け手で掬いながら食べ始め、 『氷買わなくて済むわ』といった剛の者です。
と言う事で、まぁ死ぬまでカンボジアとは付き合っていく事に なりそうです。さらに今更ですが協力隊としてカンボジアに 派遣される前に、個人的にアキラ地雷博物館で1年半ほど 働いていた事もあって、嫌々ながらも腐れ縁のような感じになってきました。 これを読んでいる方の中には、もうすぐ帰国。 まだまだ帰れないと言う方もいらっしゃると思います。 帰ってカレーライスを食べる特に『すいません、フォーク貰えますか?』 と聞いて、店員さんに怪訝な顔をされないようにお気を付け下さい。