小説・南島プロジェクト~南の島に沈まぬ太陽~カンボジア編

山崎 豊

夜明け前

 盆踊り大会を数カ月後に控え、役員会の議題も大会まつわるものにその多くが割かれるようになっていた。その伝統と優雅さを売りにした欧米系、お手頃感と新鋭のイメージで売る韓国系に押されつつある日本人会にとって、このイベントは自らの存在感を示す上でこれとないチャンスとなるはずであったが、これといった打開策を見いだせないまま時間だけが過ぎていった。
話し合いが暗礁に乗り上げつつある中、会長の岡本は、「例年並み」という方向で議論の収束を図り始めていた。

「会長!今年もまた同じような盆踊りをやるって話ですか!」
 熱血漢で知られる若手役員の窪塚が声を荒げた。
「いやあ、いいんじゃよ。盆踊りなんてのは究極のマンネリズムですからなあ。」
「会員、皆兄弟」の会是が大きく印刷された扇子を片手に、岡本が諭すように返した。その言葉からは、退任を数カ月後に控え、組織のこれまでの規定路線から外れることは面倒だとの思いが透けて見えるようであった。
「まあ、文化交流ですからねえ。」
会長のご機嫌を伺うように同調の姿勢を示したのは、次期会長の座を狙う中堅役員の山越だった。ずれ落ちた眼鏡の上から、爬虫類のような眼で窪塚の反応を覗った。
「ちょっと待って下さい!文化交流、文化交流なんてお経を唱えてればいいってもんじゃない筈です!この国における韓流ブームを見て下さいよ!テレビをつければ、今この国が韓国にどれだけ食われてるかが分かるじゃないですか!そんなときに、ちまちました盆踊りをやって、一体何の意味があるっていうんですか!」
 連日深夜に及ぶ企画会議によって充血した窪塚のその眼から、光るものがぽろぽろとこぼれ落ちた。
「まあ、その気持ちは分からなくはないんだがなあ…。それに、韓国さんの最近の勢いはほんまもんじゃからのう。」
 窪塚の勢いに押されてか、岡本は力ない言葉を返すのが精いっぱいであった。今でこそ会内では温厚な態度を貫いているが、若かりし頃は「猛牛」と呼ばれたほどの男である。窪塚の熱い言葉にその心は動かされ始めていた。
 しばしの沈黙の後、静かに口を開いたのは音楽担当の安川だった。
「確かに、数年前から始めた盆踊り後のディスコタイムでも、最近韓国の曲が増えてきてですね。フロアが盛り上がるんですよ、そのほうが。」
「ううっ、うう・・。」
 窪塚の嗚咽が会議室内に響き渡ると、その後、再び長い沈黙が訪れた。

祖国への想い、日本の心

「ええ、では、本日も引き続き、盆踊りについて協議したいと思いますが、皆さん、如何ですかな?」
 先日の会議の重い雰囲気を払うかのように、会長の岡本は敢えて明るく振る舞っているようであった。
 この日、会議の口火を切ったのは、先日の会議を終始沈黙で通した窪塚と同期の飯田であった。
「先日、窪塚さんの仰っていたことを、家に帰ってから、何度か考えてみまして。家内とも少し話し合ってみたんですが、重要なのは、そもそも盆踊りとは何かということなのではないかなと。」
「だから、なんだっていうんだ。早く結論を言えっていうんだよ。」
 役員会一の恰幅を誇る中堅役員の坂田が怒鳴るように言った後、うんうんと頷く斜向かいの山越と眼を合わせた。
 坂田の恫喝に怯むことなく、飯田が話を続ける。
「盆踊りというのは、盆の時期に、亡くなった方の供養をする為のもので。で、今年は遠い祖国が未憎悪の震災に見舞われ、多くの方が亡くなられた。そういう意味でも、これまでと同じようなイベントでいいのかなと思いまして。」
「おお。そう言われてみるとそうだな。」
 坂田が反論しようと口を尖らせたとき、それを制するようにいち早く反応を示したのは岡本であった。
 一つ咳をして、チラリと窪塚に顔を向けた後、飯田が再び落ち着いた口調で話を続けた。
「韓国のようにポップなものを他国に広めていくというのも、それはそれでよいと思うのですが、あれも所詮は欧米の真似事。我々盆踊り実行委員会の仕事ではないように思うんです。盆踊りという伝統やその意義を考えたとき、一つの言葉にするのは難しいですけど、我々の広めるべきは、なんというか、日本の心とでもいいましょうか・・・。」
「そうじゃのう。電子音に色恋沙汰の歌詞を乗っけたようなポップもんじゃ、供養にはならんわなあ。」
 岡本が煙草を燻らせながら、答えた。
「じゃあ、今年は皆で本物のお経でも唱えますかね。」
 呆れたような態度で山越が言い放った。
「やるべきは、むしろ、Kポップへのアンチテーゼということになるか。」
 賛意とも取れる答えを返したのは安川であった。
「日本の心か・・・。」
 誰に話しかけるでもなく、天井を見つめながら岡本が独り言のような言葉を吐いた。
 それまで重い空気に覆われていた会議室が、急にざわつき始めた。
 そのとき、先日の反省からか、この日おとなしくしていた窪塚がすくっと立ち上がり、正面に座る岡本の眼を見据えながら、その日初めての言葉を発した。
「会長。その答えは、演歌、じゃないでしょうか。」

秘策

 暗礁に乗り上げたかに見えた盆踊り会議は、窪塚や飯田の熱意によりその方向性を大きく変え、今や会内は今後窪塚たちが示す具体案の噂でもちきりとなっていた。
 そんなある日の夕方、外回りから戻ってきばかりの飯田を窪塚が呼び止めた。大きなブリーフケースを抱えた窪塚は小走りで飯田に近寄ると、正面に立ち、頭を垂れた。
「飯田。いや、飯田さん。まさか、あそこで君があんな助け舟を出してくれるとは思わなかったよ。今回の件に関しては、心から恩義を感じている。すぐでも礼を言うべきだったんだが。」
 大学時代の同期でもある飯田のことを、昔のクセでつい呼び捨てにしてしまう窪塚であったが、その言葉には同じ志を持つ者としての深い信頼が込められていた。
「いや、いいんだよ、礼なんて。僕も決して、君を助けようと思ってああいうことを言ったんじゃないんだ。ただ、一番じゃなきゃ駄目なんですかなんて、そんなことを議論するようになった我々自身のことが情なくてね。それよりも、方向性は演歌ということで決まってよかったが、君には何か具体的な案でもあるのか?僕も人づてで色んな噂は聞いてるんだが。」
「ああ。その件については、安川さんとも何度か会って話してね。あの人は口数こそ少ないが、現状を最も冷静に分析しているその道の専門家だからな。今日も二人で資料室に籠って色々調べていたところさ。いずれにしても、できるだけ早く同志である君にも報告をしなければと思っていたんだが、今少しばかり時間もらえるかな?」
 そういうと窪塚は、ブリーフケースの中から百ページはあると思われる資料を取り出し、それを一枚一枚めくりながら、飯田に計画の全貌を告げた。
「こ、これは!君、正気なのか?」
 驚きを隠しきれない飯田に、窪塚が自信に満ちた笑みを浮かべ、言葉を返した。
「ああ、正気だとも。祖国の為なら、一肌だろうが、浴衣一着だろうが、脱ぐ覚悟はできてるんだ。ステージはョ、男の死に場所さ。」
 窪塚がそう言うと、男たちはどちらからというでもなく互いに手を差し出した。
 熱帯特有の真っ赤な夕陽に染められながら、男たちが互いの思いを確認し合うかのような固い握手を交わすと、大理石のフロアに映る二人の影がいっそう長く伸びた。

(第2部 ウドン山編へと続く…たぶん)

 この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とはたぶん関係ありません。


南島プロジェクトとは
 2011年の盆踊りより年末までカンボジアで実施されたプロジェクト。そのミッションは、歌で日本の心を伝えるというもの。活動は、「先生」こと南島三郎による歌手活動と関連グッズの販売。プノンペンにおける盆踊りにおいては、「まつりfeaturing芽魂太鼓」、「北の漁場」、「三郎のズンドコ節」を披露。シェムリアップにおけるアンコール日本人会盆踊りにおいてもインターナショナルなオーディエンスより好評を博す。関連グッズとして、マキシシングルCD「まつりc/w北の漁場(カラオケ、歌詞カード付)」、南島Tシャツ(ミナティー)、ポスター、団扇等。南島プロジェクトをベースにしたフィクションに「小説・南島プロジェクト 南の島に沈まぬ太陽」がある。