月刊カナモリ プノンペンのネズミ事情

金森 正臣

 プノンペンには、結構ネズミが多い。皆さんも、車に轢かれてセンベイ状態になっているネズミを見られた方も多いと思われる。多くの人から、ネズミの駆除法を聞かれることもある。プノンペンの街中でも、数種類のネズミが生息しており、皆さんが道で見かけるネズミセンベイとは異なった種類が3~4種ほどいる。その中には、森林にしか住まないタイプのネズミがおり、プノンペンも以前には森林に覆われていたことを物語っている。写真1は、以前に我が家で捕獲されたネズミであるが、体長(鼻の先から尾の付け根まで)と尾の比率から明らかに森林生活者である。樹上のネズミは、尾が長く樹上で暮らすのにバランスを取りやすくなっている。このネズミは、日本のドブネズミの半分ぐらいの体重であるが、尾の付け根に立派な睾丸があり、既に大人である。
写真1、我が家のネズミ

 以前に朝の散歩の折に、フンセン公園で小さなネズミを見かかた。木の根元に置かれた果物をかじっていたが、私が近づくと急いで木の上に掛け上がった。30gぐらいであったが尾が長く、樹上に逃れるところからしても樹上生活者であった。これらのことからも、プノンペンは以前には森林であったことが明らかである。森林性のネズミは、果実を好む者が多く、落ちているマンゴー、アーモンドの種などをよく食べている(写真2、ネズミにかじられたマンゴー。食べた後に門歯の歯形が残っているので、ネズミであることが判明する)。
写真2、ネズミにかじられた落ちたマンゴー

 これ等とは異なり、道路でセンベイになっているネズミは、日本の都会にいるドブネズミである。体重は200g程度あり、体長よりも尾が短く、耳も小さい(写真3)。夜間にウロウロと路上に出て、車のライトに目がくらみ轢き殺されることが多い。夜行性の動物は、目が大きく瞳孔が広いために、一度明るいライトに照らされると、光の当たる世界以外が見えなくなり、立ちすくんでしまう。以前に日本の林道で、夜間に飛び出したウサギが車のライトから逃れられずに、当分道案内をしてくれたことがある。このドブネズミの仲間は、暑いところでは土中に穴を掘って巣を作ることがある。土中は地上ほど温度が上がらない。写真4は、フンセン公園の植木の根元に掘られた、ドブネズミのものと思われる穴である。以前に大阪の天王寺公園でも、ドブネズミの土中の巣を調べたことがあり、同じ様なものと思われる。
写真3、ネズミセンバイのもと

 ネズミは、古くから世界中に分散しており、多くの種類に分化している。東南アジアもご多分に漏れず、かなりの種類が分化している。友人が以前に東南アジアやのネズミを研究していた。日本には2種類しかいないラットの仲間が、7種類も分化しており苦労していた。中にはほとんど樹上で生活しており、地上には降りて来ないために、トラップに入らず、拳銃に散弾を詰めて、樹上の動いた葉をめがけて撃ち落としたと言う。
 ネズミは、私の初期の研究対象で、20年ぐらいは付きあっていた。研究していたのは、日本の野生のネズミで、多くの方々はほとんど見たことのない種類である。いずれも6~50グラム程度で、家庭にいるものとは違って可愛らしい動物である。50グラムと言えば、カンボジアのアヒルの卵程度で、日本のニワトリの卵より2割程度小さい。長野県の菅平や志賀高原、北海道などがフィールドだった。森林にいるものと草原にいる者は、明らかに異なる特徴を持っている。
写真4、ドブネズミが掘ったと思われる穴

 エジプトで1981年に、ネズミの調査をしたことがあり、森など全くない砂漠の中の集落に、樹上生活のネズミが3種類もいて驚いたことがある。動物の種としての特徴は、変化するには長い時間がかかり、人間が環境を変えて以来の8000年程度ではほとんど変わっていない。オアシスの様な集落にいたネズミは、家の天井に住んでいたり、オレンジ畑の樹上にいたりであった。エジプトの農家は、日干しレンガ(泥を水で練って箱に入れて成形し、日に干す)で作られており、天井はない。しかし、家によってはヤシの木を乗せ、トウモロコシの茎などを乗せて天井の様にしている。このトウモロコシの茎の中に住んでいるネズミがおり、長い尻尾をだらりと垂らしている。大きなピンセットで尾を掴まえ、簡単に捕獲できた。
 ナイル川流域は、約1万年以前には森林であったと言われている。その後8000年前ごろから、焼き畑が行われるようになり、森林で作られた土壌は、5000年ぐらいで使い果たされて、砂漠化して行ったと考えられている。焼き畑の恒常化は、南極などの氷に封じ込まれた空気の泡の中に、煤や炭酸ガスが多くなることから、焼き畑の始まった時期の推測がなされている。その焼畑以前に住んでいた森林生活のネズミが、現在まで生き残っていることに対して、感銘した覚えがある。同時に、丁度サダト大統領(1918~1981)が暗殺された日に、カイロに戻り、一晩中照明弾とヘリコプターの音に不安な夜を過ごしたことが鮮明である。翌朝には、新聞報道もあり、安心してルクソールやアスワンハイダムへ観光に出かけた。

 東南アジアでは、食用にされるネズミがおり、大型のバンデコーダやタケネズミが有名である。タケネズミの仲間は、多くの世界で食用にされており、美味しいネズミである。アフリカでも7~8㎏になるタケネズミの仲間がおり、乾季にはそれ専用の猟法がある。集落総出で狩りをするところもある。バンデコーダは、東南アジアの水田に生息するネズミで、採集のための罠がいろいろ分化している。お客さんが来る時には、前もって罠を仕掛けるという記述もある。ネズミと言うと偏見を持たれるが、野外にいるネズミは、家庭にいるネズミと異なり、菌も少なく、草食であるからシカやイノシシと変わらない動物である。


金森 正臣(かなもり まさおみ)
1999年よりカンボジアにて理数科教育改造計画の調査と短期専門家を経て現在公益財団法人CIESF理事 愛知教育大学名誉教授 National Institute of Education Science Adviser
専門は動物生態学