カンボジアの米蒸留酒と農村支援JICA草の根技術協力事業・伝統産業の復興による農産物加工技術振興プロジェクト(名古屋大学・王立農業大学)

浜野 充

 インドシナ半島の国々では、すでに13世紀から14世紀に蒸留酒が造られており、その製法が15世紀には沖縄に伝えられ泡盛に発展し、16世紀には九州に伝わり焼酎に発展した(小泉・2009)と言われています。
 カンボジアでも、スラーソー(現地語で白い酒の意)として昔ながらの米蒸留酒造りが脈々と受け継がれています。地方では、町の中心地だけでなく幹線道路沿いの集落や農村の奥の方でもスラーソーをよく見かけます。
 男性は日常的に飲んでいる人が多く、女性にはスラーソーから作られた薬膳酒やバナナ、ロンガンなどをスラーソーに漬けたフルーツ酒が飲まれています。田植えや稲刈りの農繁期には農作業の後に集まって飲まれています。近年、結婚式ではビールやウィスキーが幅を利かせていますが、農村ではまだまだスラーソーも負けていません。
スラーソー造り(蒸留器)
村で売られているスラーソー
酒粕を食べる豚
 このようにカンボジアの文化に浸透したスラーソーですが、プノンペンでは多くの人々が「スラーソーは美味しくないので飲まない」、「何かが混入されている可能性があるため、安心して飲めない」といったネガティブな印象を持っています。実際に私もタケオ州やプノンペンで売られているスラーソーを味見してきましたが、酸臭や焦げ臭を伴う味の悪い酒や怪しげな味の酒を経験し、美味しいと思える酒に遭遇することはなかなかありません。
 名古屋大学農学国際教育協力研究センターと王立農業大学は、2008年9月に酒造農家の製造と経営に関する実態調査を行いました。その結果、タケオ州の農村(6コミューン)で酒造を営む農家では、なんと、3割以上が赤字に陥っており、1回の生産あたりの利益が2ドルに達しない農家が6割以上あることが明らかになったのです。家族労働の費用を含めると、ほとんどの農家が赤字になります。それでも経営が成り立っている秘密は、全ての酒農家が酒粕を餌として小規模な養豚をおこない、餌代を抑えつつ豚の販売から高い利益を得ているからです。従って、酒造業は養豚と組み合わせることで、やっと利益が確保できていると言っても過言ではありません。
 しかしながら、頼みの豚も病気で死ぬことが多く、近年では価格の低迷が続いていることや、大規模養豚業者の出現など、今後も利益を養豚に依存した酒造経営が成り立つ可能は決して高くありません。養豚の継続が不可能になれば、同時に酒造も継続できなくなり、酒造・養豚という重要な生活の糧がしぼんでしまいそうな状況なのです。
カメの洗浄と乾燥
醗酵状態のチェック
仕込みの指導
農家の酒の品質検査
ラベリング作業(王立農業大学)
品質による差別化
 カンボジアの伝統文化に浸透してきたスラーソーを継承していくためには、養豚に依存せず、酒造自体から利益が得られるようにすることが重要となります。経営状況を分析した結果、利益が出ない理由の一つは販売価格が低いことにありました。スラーソーの消費に関する調査では、多くの人がスラーソーの品質を低いと感じており、一方で技術を改善し品質を向上させたいと希望を持つ酒造農家が多いことがわかりました。考察の結果、販売価格を上昇させるためには、品質を向上させる改善技術を見出し農家に普及し、製造された製品を商品化して販売することが、有効な戦略であると考えられました。
 悪い品質の酒がどのように評価されているのか分析を行い、我々もタケオ州の酒造農家の酒の味を確認した結果、酸臭や焦げ臭、ドロ臭といった異味異臭が問題であることがわかりました。これらの原因を探り品質向上のための改善技術を見出すために、タケオ州の農家に協力をお願いし、日本の醗酵・酒造の専門家の指導を受けながら、農家の製造現場において酒造試験を実施しました。使用している水、原料米の処理方法、カメの中での醗酵状態、蒸留方法を観察し、もろみや製品の味・香り等、見て、聞いて、触って、匂って、舐めて、農家との情報交換を行い、意見を聞きつつ何回も酒造試験を行い、改善策を見いだしていきました。
 その結果、米の処理、仕込み、醗酵、蒸留の各段階で技術的な課題が明らかになりました。最も大きな課題は、非衛生的な製造環境でした。製造環境があまりにも汚すぎるために雑菌が繁殖し良い醗酵ができておらず、醗酵中のこうじやもろみに酸臭などの異臭が発生していました。また不十分な醗酵のもろみを蒸留することで焦げが発生し、焦臭が酒に移っていたこともわかりました。その改善策は、「衛生的に酒を作る」ことでした。作業場所の掃除・整理整頓から始まり、カメやシートといった資機材を洗浄し乾燥させ、池の水ではなくて井戸の水を使用し、醗酵状態を観察するという基本的な作業を徹底し、麹菌や酵母菌が元気に働ける環境を作り出すことが、良い醗酵を促すことにつながりました。さらに原料米処理方法、仕込み方法、醗酵中に問題が発生した時の対処方法や温度管理、蒸留方法の各技術の改善も行いました。
 その結果、酒の味は確実に美味しくなりました。協力農家は「美味しくなった!」と気づいた時から、改善した技術を酒造に取り入れ始め、半年もしないうちに親戚の3軒の農家も真似をするようになりました。彼らの酒が美味くなったと、コミューンで評判になり、地域の人々は「スラーチャポン(現地語で日本の酒の意)」と呼ぶようになりました。
 次のステップとして、商品化と付加価値をつけた販売を目指しました。生産技術ガイドラインを作り4軒の農家に技術指導を行い、まずは前述した製造方法を徹底させることで品質を高いレベルで安定させることを試みました。さらに商品規格の見当を行い、アルコール度数40%と25%の2商品をそろえ、ラベル・パッケージをデザインし、王立農業大学にて貯蔵・ボトリングを行いました。スラータケオ(武玉)の誕生です。販売先として、高品質で安全性の高い製品に対してニーズがあり、付加価値をつけて販売できる可能性が高い首都プノンペンや観光都市シェムリアップの市場を主なターゲットとしました。

 2010年12月からJICA草の根技術協力事業として採択され、農家の収入向上を目標として、技術普及による受益農家の拡大と製品の市場拡大を進めることになりました。以前調査を実施したタケオ州の6コミューンのすべての酒造農家を普及対象とし、2011年には技術指導員の育成を行い本格的な研修活動を開始しました。新たな普及地域でも、技術改善によりほとんどの農家で醗酵状態が良好になり、味がよくなると同時にアルコールの生産性が向上しました。今までと同じ原料の量でより多くの酒が取れるようになり、味が良くなったため注文量が増えた農家がではじめ、確実に利益が上がる経営状態に改善しています。 
酒造農家のみなさんと技術指導員
大好評!一州一品展示会(プノンペン)にて
タマリンドリキュールとスラータケオ
 技術力が上がった農家が目指す次のステップは、既存の農村の市場の中で販売価格を上昇させることです。簡単ではありませんが、地方都市でも農村でも、品質の良いものに対してより高値でも購入するという人々は増えています。美味しい酒ができたら、今までの酒の横に並べ、価格を変えて差別化を図れれば、生産者にとっては今までよりも利益を向上させることができ、消費者にとっては選択肢が増えます。実際、研修後に今までの2・5~5倍の価格をつけて高級酒を売りはじめた農家もいます。生産量全体から見ると5%程度ですが全体の売り上げの2割を稼いでおり、普通酒より利益率が高くなります。このような成功事例を増やしていきたいと思います。
 さらに、都市部向けの蒸留酒をガイドラインに沿って製造できる農家も育成していきます。製造条件の制約や遵守すべき技術項目が多く、高い技術レベルが求められるので、ポテンシャルが高くやる気のある農家を選定して育成することになります。
 プロジェクトは、今後とも、農家の収入向上、そして農村発の加工産業の発展を目指していきたいと思いますので、ご支援のほどどうぞよろしくお願いいたします。

 さて、ご存知の方もいらっしゃると思いますが、昨年末からタマリンドリキュールの販売を開始しました。スラータケオと南国フルーツ・タマリンドから生まれたリキュールです。女性や若者にも好評で、日本人を含め外国人にも受けが良く、皆さまにも楽しんで頂けると確信しております。現在プノンペン、シェムリアップだけでなく、タケオ、バッタンバン、シハヌークビル、プルサットでも販売されています。どうぞ、スラータケオとタマリンドリキュールをご賞味ください。オンザロックで冷たくしたり、ソーダで割ったりしても楽しめます。

参考文献
小泉武夫(2009)「焼酎の伝播の検証と、その後に於ける焼酎の技術的発展」、東京農業大学農学集報54(4)、219~229頁、東京農業大学

浜野 充 (はまの みつる)
2011年1月現在 : JICA草の根技術協力事業「伝統産業の復興による農産物加工技術振興プロジェクト」現地マネージャー(名古屋大学農学国際教育協力研究センター所属)。
プロジェクト事務所 : 王立農業大学、タケオ州プロジェクト事務所

これまでのカンボジアでの業務 :
JICA技術協力プロジェクト バッタンバン農業生産性強化計画(2003年~2006年)とジェンダー政策立案・制度強化計画(2006年~2008年)で業務を行いました。
その後、名古屋大学の学生として本文の活動に携わってきました。
この10年間に、息子と娘が誕生し、現在、家族ともどもプノンペンで生活しています。