パスタの国でミーを思う

ユキ姐さん


 カンボジアは国歌の中で「クメールの民は石の民」とうたっている。アンコール王朝時の遺跡にみられるように、ラテライトや砂岩など、石を積み重ねて素晴らしい建造物が建てられ、遺跡として現代に、そして未来に残そうとしている。首都プノンペンは、フランス植民地時代に建築されたコロニアル調の建物と高く青々とした空、美しい色とりどりの花を咲かせる街路樹、太陽がまぶしく、吹き抜ける風が心地よい街だ。そんな国の、そんな街で、私は18年間を過ごしてきた。でもそんなプノンペンに、近年異変が起き始めた。
 高層の鉄筋コンクリートのビルが建ち始め、独立記念塔や王宮の後ろにニョキっとビルが見えるようになってしまい、素朴で落ち着いた雰囲気だった景観が一変した。街はどんどん商業的になっていき、多国籍の様々な人やモノが流れ込んでにぎやかになった。あまりにも急激な変化とビジネスチャンスに浮足立った人々の様子を見て、最近めっきり考え方が保守的になったと思う私は、もうトシなのかなぁなんて思いながら、古き良き時代に対する哀愁を抱き、目の前で展開する急激な流れを一歩引いて見てしまうのだった。
 ちょっとカンボジアから離れて、違う文化を味わってみたい。カンボジアを今一度見つめてみたいと思い、アジア以外の国へ行こうと決めた。そして先日初めて、まだ行ったことのない西の国へ旅に出ることにした。その矛先に上がったのがイタリア。海を越え、山を越え、国をいくつも越えて時間をさかのぼったところに、その国はあった。そして、その地に降り立って初めて思ったのが「この国の人々も、石の民なんだわぁ」ということ。
 イタリアの石の民は古き良き時代の風景を守ろうと、ヒールはもとより普通の靴でもそれはそれは歩きにくいゴツゴツした石畳を守り、赤と黄色がイメージカラーのマクドナルドを茶色や黒に塗り替え、窓の外には草花を植えて、過度な看板広告を出さずに、町全体の景観保持と美化に努めていた。もしかしてディズニーシーに来てしまったんでは? と自分の発想の貧弱さを棚に上げて感動に浸ってしまうほど、その徹底ぶりは素晴らしい。一方で、世界中が禁煙に動き出しているというのに、「立てばタバコ、座ればタバコ、歩きながらもタバコ持ち」と、イタリア老若男女の口と鼻からはプカプカプカプカ煙が立っている。歩きにくい石畳をにらみつけるたびに、石畳の間に所狭しとタバコの吸い殻が埋まっているのが目に入る。あんなにこよなく愛する石畳に、よくもまぁ吸い殻をぎっしり詰まらせられるわね。そこまでしてタバコが吸いたいという意思の強さなのだろうか…。いろんな意味で古いものをかたくなに維持しているイタリアの石の民に、ヘンな感銘を受けたのだった。だって、日本人はちょんまげを結っていると思われているのと同じレベルで、イタリア人と言えばちゃらちゃら軽くて女をナンパしてばかりいる男のイメージしかなかったのだもの。でも本当は、石のように頭の固い、いや、意志の固い国民だったのね。さすが、石の民だわよね~。
 さてさて、ボンユキの旅はローマ、フィレンツェ、ミラノの三都市めぐりだったのだが、ミラノに移動して初めて鉄筋コンクリートのガラス張りのビルを目にした。その瞬間に思ったのが「なぁんだ。つまらない街に来てしまったな」という感想。高層ビルなんてどこでも見れるし、前の2都市があまりにも私にとって「おとぎの国」だったので、ちょっとがっかりしたのが事実。そして、これと同じ気持ちを最近ホーチミンに行って思ったことがあった、ということを思い出した。10年前はこんなじゃなかったのに、どうしてこんなに鉄筋コンクリートのビルを建てちゃったの?どうしてベトナムに来てまで、シャネルやヴィトンのショーウインドウを見て歩かなければならないの?
 それに対して、ついこの間までのプノンペンは、高層ビルもなく、古い街並みが残っていて、かつて「東洋のパリ」と呼ばれた豊かでのどかな雰囲気を残していた。ある意味それがウリだった。ベトナムやタイから観光で流れてきた人は、プノンペンに来て「ほっとする」と言っていた。私たち在住者だって、近代的な街を見たければバンコクやシンガポールへ行けばいいと思っていたし、実際にプノンペンには娯楽も物資も食べ物もないのでと、ことあるごとにブツの補充と精神衛生の理由を本社や本部に伝え、うまくいけば仕事に絡めて経費を出してもらってこぞって「脱出」をして楽しんでいた。それなのに、高層ビルができ、ショッピングモールができ、おしゃれなカフェやブランド店ができてしまっては、「脱出」する理由がなくなってしまう。困った時代になったものだ。今やため息をついている駐在員も多いのでは。
 もしかしたら、プノンペンに住む日本人にとって、この数年の発展ぶりは、実は「あってはならない現象」なのかもしれない。KFCがあったほうがいいでしょ、と誘致をし、こんな娯楽があったほうがいいでしょ、ショッピングモールがあると便利よねと、投資をする。それを見るたびに「やめて、そんなものができてしまっては、プノンペンに住んでいる醍醐味(=脱出する理由)がなくなっちゃう!」と叫んでいるのは、私だけなのだろうか。なんでも揃っている国にはさまれて、何もないことが「ウリ」だったカンボジアに、私が一歩引いて見ている今の急激な流れは何を生もうとしているのだろうか。この国に投資をし、異文化をもたらしている私たちは、この国の将来像をどのように描いてそれを運んで来ようとしているのだろうか。そして、石の民たちはそれをどう受け入れ、自分の国を作っていくのだろうか。
 旅の間、三度のメシにパスタ、パニーニ、リゾット、ピッツアを食して大量の炭水化物摂取で皮下脂肪を蓄え、主要な臓器をワイン漬けにする日々を過ごしながら、私の思いはカンボジアに飛ぶ。ほろ酔いのいい気分になりながら、「パスタもいいけど、やっぱりミーもいいわよねぇ~」と、これまた皮下脂肪の元凶摂取で肥え、主要な臓器をMSG漬けにしていたカンボジアの生活を懐かしく思い、その将来に思いを馳せるのだ。
 石の民の国カンボジア。この国の50年後の街並みは、どんな光景になるのだろう…。


<ユキ姐さん・プロフィール>
通称ボンユキで知られるユキ姐さん。カンボジア在住18年なのでそれなりの年齢と推定されるが、あくまでも年齢不詳。
通訳・翻訳・マネージメント業にチョー忙しいのに、飲み&カラオケは欠かさない。「ぶれない女」の鏡を目指して日々奮闘中。