女と男・オスとメス

金森 正臣

 男と女の仲は、どこの世界でも話題になる。昔から小説の題材の中でも、最も多いであろう。人々が興味を持つ内容で、面白いと言うことであろうが、種が尽きないのはそれだけ複雑なのであろう。
 ところが原理を追求してみると意外に単純で、どこが複雑なのであろうかと思ってしまう。
 動物行動学的に見ると、種維持のために性行動があり、メスは妊娠して、大きなリスクを負う。妊娠出産は、どの種にとっても生命維持のうえで、大きな危険を伴う時期である。それにもかかわらず、メスがその危険を受け入れるのは、それに見合うだけの何らかの仕組みが、作られてきたからであろう。
メコンを見ながら愛の語らい
結婚式の花道
 DNAの状況
 長谷川真理子(人類学者。総合研究大学院大学教授)は利己的遺伝子について書いている。遺伝子自身が、自分を残せる方向に進化してきているという。確かに、動物が自分の遺伝子をより多く残そうとする方向に進化してきており、遺伝子レベルで自己を残そうとしているとも理解できる。
 様々な点で自己分析の十分できている男性の動物学者や医者が、自己体験として結核は性的行動を昂進させる方向に働くことを書いている。一般に生物は、自己の遺伝子を最も多く残す方向に進化してきたと考えられている。植物でも、花を咲かせたり果物を成らせるには、木を傷つけたりして弱らせる方法が古くから行われている。これは経験的に、植物の木が枯れる前に、子孫を残そうとする性質を利用したものである。

仏様に夫婦の中を真剣にお願い
夫婦仲良く仕事で協力
 哺乳動物では、メスは妊娠していても母体が危険に陥ると、胎児が死んで母体が生き残る。子どもが成長して子供を産めるようになるよりも、母親の残る方が、再生産までの時間が短く、最大数の子孫を残すのにかなっているからと考えられている。
 男は、死が近づくと精子だけ残せば、子孫が残せる。この点では、メスは受胎してから体内で子どもを育てる体力や労力に多くのエネルギーを必要とする。自身の体に危険が迫ると、安全に保って、次の妊娠を促進した方が時間や労力が非常に少ないから、母体が危険になると胎児が死亡する。多くの哺乳動物では、子どもを出産して授乳期にあっても、母体の栄養が不足して危険になると、乳が出なくなり子どもが死亡する。

 腹上死と言う話はあるが、腹下死と言う話は聞いたことがないから、多分この様な状態においても、男と女の性の差があるように思われる。男も女も、お互いに互いの状況は体験していないから、分からないところが面白いとこなのであろうし、男女間の関係を複雑にする要因でもあろう。お互いに相手を好きで思いやっていると思うのは錯覚に過ぎず、本音は自分の遺伝子をいかに残すかしか考えていないのかもしれない。と思うと、世の中は味も素っ気も無くなるのではあるが、錯覚から逃れられないのも世の常で、だからこそ結婚などができるというものであろう。

 母親は、妊娠と共に子どもとの関係が始まり、出産・授乳・育児と父親より関わりが深い。それに比べれば、父親の関わりは少なく、ほとんど補助役程度にしかならない。

年を経ても仲良く
 2400年以上も前に親の恩について書かれた「父母恩重経」(ブモオンジュウギョウ)にも、母の恩について33個所、父については11個所、父母については26箇所あると言う。故人となられた薬師寺の管長の高田好胤師が、「母」と言う講演の中で話されている。その中で高田好胤師は、母のお蔭でここまでお寺で修行することができたと述べている。しかし実際に高田師が、母親と暮らしたのは5歳までで、それ以降は薬師寺に預けられている。たったそれだけの期間であっても、子どもに十分な影響を与えられるのは、母親である。

 男はかなり努力しても、餌を運ぶ役にしか立たないから、家庭を持ったら一生懸命に努力しなければならないであろう。霊長類でも、ゴリラやピグミーチィンパンジーは、父親の存在が子育てに役立っているが、その他はほとんど役に立っていない。750万年ぐらいの人類の歴史では、簡単には代えられないところである。やはり男性は、遺伝子を残す以外は、役に立たないような気がする。

金森 正臣 (かなもり まさおみ)
1999年よりカンボジアにて理数科教育改造計画の調査と短期専門家を経て現在公益財団法人CIESF理事 愛知教育大学名誉教授 National Institute of Education Science Adviser
専門は動物生態学